岩田 誠
東京女子医科大学名誉教授、メディカルクリニック柿の木坂院長
今から60年以上前、私がまだ医学生だった頃、私のいた大学に”神経内科”という診療科が出来ました。その科の初代教授になられた豊倉康夫先生は、神経系の病気の診断において最も大切なことは、患者さんが日常生活の中で困っていることの内容をいかに正確に聴き出すか、次いでその訴えの原因となっている病態を、神経診察の中でいかにして明らかにしていくのか、ということだと、私たちに教えられました。シャーロック・ホームズやアガサ・クリスティーのミス・マープルやポワロ―氏が大好きだった私には、それは丁度、彼らが行っている犯人探しと同じように思われ、一気にその謎解き世界に引き込まれていき、Clinical neurologistとなりました。すなわち、私が臨床神経学の医者を志すに至ったのは、神経疾患の診療における疾患、あるいは病態診断学の面白さに惹かれたためでした。
その後、大学病院において臨床神経学の診療を行う傍ら、神経科学の研究者としての活動を行っていく上においても、この謎解き世界の面白さはそのまま続きました。神経科学領域における私の研究範囲は、神経生理学、神経心理学、神経病理学、神経放射線学の多方面にわたっていますが、原点は常に同じ、すなわち、日常臨床の場で出会った患者さんたちの訴えておられる不都合の基は何なのか、患者さんたちが示してくれている生理学的、あるいは心理学的な異常所見の本質は何なのか、患者さんたちの画像検査で見られる様々な画像所見は一体何を意味するのか、それらの疑問を解き明かすべく努力を重ねることでした。
そんな中で私が大事にしているのは、“なんでも千例”という先輩の先生の言葉でした。その頃私は、筋肉に針を刺してその筋肉の電気活動を記録する検査、すなわち針筋電図検査を学んでいました。この検査は、筋肉の萎縮が筋肉そのものの病気のためなのか、あるいは筋肉を支配している運動神経の方の異常によるものなのかを判定するための重要な検査なのですが。私にはその判定の基準がよく解らなかったために、どちらかの判定が大変難しく、思い余って、指導して下さっていた先輩の先生に、筋電図の所見はどうしたらわかるようになるのですか、と質問したのです。その時に返ってきたその先輩の言葉が、“なんでも千例”、すなわち千例も経験を積めば、自ずからわかるようになるということだったのです。言い換えるなら、千例ほどの経験を積まなければ、検査の意味を正確に理解できるようにはならないんだよ、という意味です。この“なんでも千例”という先輩の言葉を聞いた時、臨床における経験の重要性を強く意識しました。そしてその時。もう一人の私の兄弟子が私に言ってくれた言葉を思い出しました。“お前の受け持ちの患者でなくとも、お前が興味を持った患者を診察したければ、受け持ち医に言って診察させてもらえ。”この先輩の言葉に励まされ、私が直接受け持っていなかった入院患者さんからも、自覚症状について詳細に教えて頂いたり、診察をさせて頂いたりしました。
若い頃の私の行動については、今ひとつ思い出すことがあります。それは、他人が注意していないところに注意するということです。毎回の教授回診の時私が行っていたのは、皆が注目していないところに注目するということでした。教授が患者さんの上肢を診察している時、当然ながら皆の視線は患者さんの上肢に注がれていますが、そんな時私が注目していたのは、皆が注視していない下肢の方でした。皆が注目していないところから、そこに潜んでた何か重大なことが見つかるというようなことは、しばしば繰り返されてきました。私が、漢字語の読みに関わる神経回路を発見したのも、そんな逆転の発想からでした(M. Iwata: Kanji versus Kana: Neuropsychological correlates of the Japanese writing system. Trends in Neurosciences. 7: 290-293, 1984.)。*
神経科学の分野では、未だ未解決の問題が沢山あります、臨床神経学の観察からは、それらの多くの謎を解き明かす可能性が残されています。臨床神経学(Clinical Neurology)の領域では、臨床観察から神経科学の大発見の繋がる道が沢山残されているのです。
*こちらの文献を日本語で執筆されたものが以下となります。
岩田 誠: 左側頭葉下部と漢字の読み書き。失語症研究 8: 48-54, 1988.
(写真の説明)
パリのサルペトリエール病院に留学中の1973年に、パリ大学医学部外国人助手資格取得のために40ページほどの報告書(Memoire)を書き、外国人助手資格を取得しました。セネガルのダカールからサルペトリエール病院神経病理学教室主任のエスクーロル先生に病理学的検索のために送られたLafora病の脳を調べた報告書で、サルぺトリエール病院で初めてのLafora病の剖検例でした。エスクーロル先生からその脳の検索を任された私が、大脳の大切片におけるLafora小体の分布を調べた図を作成しましたら、エスクーロル先生はその図を大変気に入って下さって、助手資格取得のための報告書(Memoire pour le titre d'assistant etranger)を書くように勧めてくれたのです。この症例の報告は、後にJournal of Neurological Scienceに論文として掲載されました(Girard PLl, Escourolle R, Dumas M, Papy JJ, Iwata M: Maladie de Lafora. A propos d'un cas chez un sujet de race Senegalaise. J Neurol Sci 25: 507-527, 1975.)。ここにお送りするのは、その報告書の表紙(写真上)とそこに掲載した私の手書きの図です(写真下)。この図の原図は、エスクーロル先生がサルペトリエール病院の神経病理学研究室に保存したいとおっしゃったので、同研究室に遺してきました。エスクーロル先生のことは、中外医学社から2022年に出した”医って何だろう”という小さい本の中で書いております。先生から頂いた折角の機会でしたので、今は亡きエスクーロル先生の朗らかな声を思い出しながら、この報告書のことを紹介させて頂きました。
東京女子医科大学 脳神経内科 ブログ
2025年3月16日日曜日
2024年12月10日火曜日
第251回日本神経学会関東甲信越地方会
第251回日本神経学会関東甲信越地方会で、当科の石居先生が演題を発表しました。
水頭症を呈し脳腫瘍との鑑別に時間を要した抗MOG抗体関連疾患についてです。 お疲れ様でした!
#抗MOG抗体関連疾患 #脳腫瘍
池口亮太郎先生の論文がMultiple Sclerosis Journal-Experimental, Translational and Clinical誌に掲載されました
タイトルは、
”CNS B cell infiltration in tumefactiveanti-myelin oligodendrocyte glycoprotein antibody-associated disease” です。
https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/20552173241301011
”CNS B cell infiltration in tumefactiveanti-myelin oligodendrocyte glycoprotein antibody-associated disease” です。
https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/20552173241301011
山岸沙衣先生の論文がJournal of Atherosclerosis and Thrombosisに掲載されました
タイトルは、
”Brachial-Ankle Pulse Wave Velocity is Associated with Incident Dementia in Patients with Cerebral Small-Vessel Disease” です。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38960633/
”Brachial-Ankle Pulse Wave Velocity is Associated with Incident Dementia in Patients with Cerebral Small-Vessel Disease” です。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38960633/
前田有貴子先生の症例報告が Neuropathology誌に掲載されました
タイトルは、
”Anti‐neutrophil cytoplasmic antibody‐associated central nervous system vasculitis mimicking brain tumor: A case report” です。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39475111/
”Anti‐neutrophil cytoplasmic antibody‐associated central nervous system vasculitis mimicking brain tumor: A case report” です。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39475111/
森本伶美先生の論文がJournal of the Neurological Sciencesに掲載されました
タイトルは、
”Importance of focusing on subjective symptoms to maintain quality of life in patients with Parkinson’s disease for over 5 years” です。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39357293/
”Importance of focusing on subjective symptoms to maintain quality of life in patients with Parkinson’s disease for over 5 years” です。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39357293/
2024年9月9日月曜日
第250回日本神経学会関東甲信越地方会
第250回日本神経学会関東甲信越地方会で、当科の山口先生が演題を発表しました。
ステロイドが奏功したRaeder症候群の男性例です。
お疲れ様でした!
#東京女子医科大学脳神経内科 #Horner症候群 #Raeder症候群 #神経内科
ステロイドが奏功したRaeder症候群の男性例です。
お疲れ様でした!
#東京女子医科大学脳神経内科 #Horner症候群 #Raeder症候群 #神経内科
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